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アレッサンドロ・デル・ピエロ
Alessandro Del Piero
国籍 イタリア誕生日 1969年6月6日
愛称 アレ、アレックス、ピントゥリッキオ
決して恵まれた体格とは言えないが、足技に優れプレーに豊富なバリエーションを持つFW。
特に左サイドからをゴール前にドリブルで切れ込むプレーを得意とし、「デル・ピエロ・ゾーン」と呼ばれるゴール前左側約45度辺りのエリアから放つ右足のシュートで数多くの美しいゴールを挙げている。
また短中距離のフリーキックも得意としている。
トラップ技術も一級品である。
1991年にセリエB(当時)のパドバでキャリアをスタート。
1993年からセリエAのユヴェントス(2006-2007シーズン現在セリエB)に所属し、ミシェル・プラティニやロベルト・バッジョといった名選手たちが背負ったユベントスの背番号「10」を若くして引き継いだ。
靭帯断裂などの負傷とスランプに度々悩まされるがその度にこれを克服し、センセーショナルな復活劇を見せて観客を魅了する、華のある選手である。
ユヴェントスでは1995-96シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ制覇のほか、2004年までに5度のスクデット獲得を経験している。(2004-2005、2005-2006は没収されている。)
2006年1月10日に行われたコッパ・イタリアの対フィオレンティーナ戦でハットトリックをマーク。
これがユヴェントスでの185得点目となり、ジャンピエロ・ボニペルティの持つクラブ歴代最多得点記録を塗り替えた。
イタリア代表デビューは1995年3月25日のエストニア戦。FIFAワールドカップには1998年、2002年、2006年と3大会連続で出場している。
不調に苦しむ間にフランチェスコ・トッティの台頭もあり、2000年代からは背番号「10」をトッティに譲っているものの、今も「アズーリ」に欠かせない選手のひとりである。
2006年のドイツ大会ではフォワードのバックアッパーとしてメンバーに名を連ねる。
準決勝のドイツ戦では延長戦から途中出場し、アルベルト・ジラルディーノからのパスを受け、十八番「デル・ピエロ・ゾーン」から2点目となるダメ押しゴールを奪った。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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